こんにちは。GOROです。

私は今、社会人生で最も忙しいタイミングです。まだ4年目のペーペーですが、それでもかなりの激務を体験していると思います。幸いなことに今日は休みなのでこうしてブログを書いていますが、平日は基本9時~22時まで働き、昼休み返上でパソコンをたたいています。水曜日は海外のお客さんと打ち合わせがあり、仕事を終えたのは24時半ごろでした。当然平日のプライベートの時間などなく、仕事から帰っても仕事のことで頭がいっぱいという状態でした。そんな一週間を過ごした今の私が何を思うのか率直に書いてみたいと思います。

いいように捉えるしかない

きっと私の今週の社畜っぷりを聞いて、そうはなりたくないと思う方も多いでしょう。私も嫌です。ただ嫌だと思っても仕方ないとも思っています。今の状況を打開するにはとにかく何とかするしかないのです。そして気力を保つためには今の状況をいいように捉えるしかないと私の脳が勝手に判断しています。きっと精神を保つための防御反応だと思っています。では私の脳は今の状況をどのように捉えさせようとしているのか?少し考えてみます。

捉え方①:人生の糧になっている

まず、今の経験を良い経験ととらえています。過酷な経験ほど自分の成長につながると思っています。そして今は過酷な経験を積んでいる真っただ中にいると。これを乗り越えた先にはより深みの増した強い人間になっているだろうと。そう思っています。もちろん乗り越えられないかもしれません、途中でリタイヤするかもしれません。それでも今まで必死に頑張ってきた経験は決して無駄にならず、私の人生の糧になることは確信しています(そう思わされている)。

捉え方②:仕事を任せられるという喜び

私が激務に追われているのは、誰かが私に仕事をたくさん与えているということです。仕事を与えられるというのはそれだけ信頼されて、頼られているという証なのです。例えばあなたが難易度の高い仕事を誰かに任せるとき、優秀なA君と凡庸なB君がいたとしたらどちらに任せるでしょうか?十中八九、A君に任せるでしょう。なぜなら信頼できるからです、きっとA君なら何とかしてくれるだろうと。これはある意味、優秀な人に仕事が集中する原理だと思います。どの会社でも共通の問題として、業務負荷の不均一があると思います。同じ部署でも超忙しい人と暇な人が存在するあれです。そして会社は何とか解決しようとしますが、不毛だと思っています。業務負荷の不均一は人間の心理上避けられない事象であると考えています。

このように書くと、自分は優秀な人間だと自負しているように聞こえると思います。その通りです。私は自分のことを優秀であると思っています。というよりそう捉えるしかないのです。自分は優秀であるという自己肯定感を持たないととてもやっていけません。

捉え方③:誰かは頑張りを見てくれている

激務の中でもうれしいと思う瞬間はあります。お客さんに感謝されたり、今回の頑張りをねぎらってもらったときはうれしかったです。お客さんから「遅くまでありがとう!」とか「めっちゃ助かっているよ」とか言われると少し報われた気がします。普段は厳しい指摘も受けますが、私のお客さんは基本的に人間ができているので理不尽に暴言を言われることはありませし、基本的には優しいです。

以前上司には「見ているひとは見てるよ」と言われました。きっと私の頑張りを評価してくれている人がいるということでしょう。それだけで報われる気がして、今のところやってこれているのだと思います。そしてもう少しだけ頑張ってみようかなと思えるのです。私はいつかこの会社を辞めるけれど、せめて今一緒に苦しんで仕事をしている人たちには迷惑をかけず、ひと段落したころに円満に去りたいと思っています。

これからどうするか

きっと今月中はずっと仕事に追われると思います。いけるところまで行ってみようと思います。もちろん月曜日の朝を迎えるのは憂鬱で恐怖すらありますが、人生の筋トレだと思ってこの地獄釜にもう少しだけ浸かってみようと思います。

ほなまた~